イルミナ創刊号編集後記②―「踊り子へのラブレター」を中心に

 ストリップと社会と私を考えるZINE『イルミナ』創刊号を、おもしろ同人誌バザール(11/1)と文学フリマ(11/22)で頒布しました。たいへんな状況ですが、会場まで来てくださった方、また委託など通販などでお求めくださった方、本当にありがとうございました。

usagisannn.hateblo.jp

 ここでは各コンテンツについての個人的な感想を書きます。↑こちらの記事の続きです(note版とナンバリングが異なります)。

ストリップ初体験記(松村早希子)

 これまで文字主体で進んできたところにバーン!と見開きで、イラストと手書きの文章によりストリップ初体験の感動がつづられています。

女性が主体となって表現する「性」は、こんなにもあっけらかんとさわやかに楽しめるんだ…!!

 個人的には一度だけ拝見した平野ももかさんが描かれているのがうれしいです。まさご座で、お正月だったこともあってか平野さんはこのイラストにある巫女の演目を出していました。その透明感と、客席を飛び回る姿……忘れられない踊り子さんの一人です。

踊り子へのラブレター

 特定の踊り子さんに焦点をあて、さまざまなアプローチによって、その踊り子さんの魅力そしてストリップの魅力に迫ることを目指したコーナー。次号以降も続けていく予定です。

 今回は黒井ひとみさん、武藤つぐみさん、友坂麗さんへのラブレター。このコーナーを読んでその踊り子さんを観たいと思っていただけたらなによりです。

ラブレター to 黒井ひとみ

扉絵(美樹あやか)

 コーナーの扉に黒井さんの魅力を端的に表すようなイラストをと考えたとき、ぜひ美樹さんに依頼したいと思いました。芯があって、繊細で、願いに満ちている……私たちが黒井さんから受け取っているものが具現化されたような扉絵です。

月面とカルメン(松本てふこ)

 黒井さんの演目「聖裸月」と「リリィカルメン」をモチーフにした俳句の連作です。このページのおかげで本全体が一気に格調高くなった気がします。

 ストリップの演目のことを人に話すとき、私はときどき、「俳句みたい」と言います。ステージ作りにルールがあり、限られた要素のみで構成される、しかしその限定によりむしろ宇宙的な広がりが生じる、というような意味で。そういう気持ちで見ると、4句ずつの連なりが4曲で構成された演目のようにも見えてきます。

 どこかで松本さんに先導していただきストリップ句会をしたい!

座談会 黒井ひとみを愛する女たち

 「黒井ひとみはなぜ女たちを虜にしていくのか?」「彼女たちの感じている「エロ」とは何なのか?」に迫りたいために開催された座談会です。twitterで見かける黒井ひとみを愛するアツい女たちにお声がけし、zoomで収録されました。私は基本的に書記なので本文にはあまり出てきていないですが(なぜか百合に一家言ある人みたいに登場している…)、参加された皆さんの情熱と、演目の深い読み込みに驚きっぱなしの本当に楽しい会でした。

 黒井さんのパワーは人を動かして、その人の考えや、ひょっとしたら人生を変えてしまう。ストリップ劇場は客席こそそれほど多くないですが、これだけの人を動かしてしまうパフォーマーは、ほかのジャンルに広げてみても実はそんなにいないんじゃないでしょうか。

16分間のアイドル(南明保)

 初めてのストリップで黒井さんに出会った、南さんによるエッセイです。まず、ここで語られる黒井さん像は上の座談会で語られる黒井さん像とまったく齟齬がなく、誰が観ても黒井ひとみはこうなんだ!と思えます。

 そして丁寧に書かれた南さん自身の視線と感情の動きを読むと、長くはないステージの時間に次々と光景があらわれ、観る人のなかにはそれらの光景に触発されたさまざまな感情が去来するのがストリップを観るという体験なんだなあとしみじみ感じました。

 行ったことのある方は気づかれたかと思いますが、舞台になっているのはわらびミニ劇場です。編集部のあいださんとは会うたびにこの劇場の話をしていまいます。いつか特集をやりたいです。

ラブレター to 武藤つぐみ(ひな🐰)

 表紙のイラストも提供してくださったひな🐰さんによる武藤つぐみさん演目紹介。間違いなくこの本で最も濃密な4ページで、本を手にしたらまず開いてほしいほどです。

 装画には以前描かれたイラストのなかから編集部リクエストで1点を使わせていただきました。爽快で、開放感があって、私たちの表現したいことにぴったりむしろそれ以上の表紙になったと思います。初めて武藤さんを観たときの鮮烈な印象がそのまま書かれている「装画解説」も最高!

ラブレター to 友坂麗

座談会 友坂麗とは何者なのか

 イルミナ準備号に灘ジュンさん引退公演についての文章を寄せてくださった半田なか子さんをゲストに「友坂麗とは何者なのか」を語る会。3月頃に某所で収録してから緊急事態宣言の期間を挟んで半年以上、麗さんを観たりなにか思いついたりするたびに書き足して削ってを繰り返し、創刊号のなかで一番時間をかけてつくった記事です。

 そんなこんなで私はこんな思いに至りました。この座談会は友坂麗について、ストリップについて、何か語ることに成功しているでしょうか? 読んだ方の考えに委ねたいと思います。

熱海銀座劇場へ行こう♨(うさぎ)

 私が書いた記事で、写真と文による軽い旅行日記です。都会の劇場だけでなくいろんな劇場の魅力があることを書きたくて入れました(といいつつ道後やあわらへは行ったことがないので近いうちに行きたい)。

 文のなかで、牧瀬茜さんのステージに少しだけ触れて「悠久の時の流れ」と書いています。牧瀬さんを語るには経験も理解もとても追いつきませんが、いつかなにか言葉にしたい踊り子さんです。

ストリップに行ったらドキドキとキラキラが大洪水な件(にゃがた)

 創刊号のなかで3本目となるストリップ初体験エッセイ。

 一気に読みたい疾走感ある文章のなかで、私の好きなフレーズは「美しい人を美しい言葉で褒めたい!」です。ここの「美しい」は、一般的にいう「美」ではなくストリップ劇場にある(ような)「美」のこと。私もストリップのことはひねくれずためらわず、多少大げさに見えても美しい言葉を使って語りたいといつも思っています。

 

 多くの方にいろいろな視点からストリップについて語っていただき充実の本になりました! 参加してくださったみなさまありがとうございました。

 ------

 続きはこちら↓

usagisannn.hateblo.jp

イルミナ創刊号編集後記①―『女の子のためのためのストリップ劇場入門』とノーナレ「裸に泣く」

 今月頭に『イルミナ』という同人誌の創刊号を出しました。「ストリップと社会と私を考えるZINE」を名乗っています。

note.com

 ここでは各記事を読んだ個人的で素朴な感想を記していきます。

 目次

 

  祝刊行! 菜央こりん『女の子のためのストリップ劇場入門』

 創刊号の巻頭特集(?)は菜央こりんさんの『女の子のためのストリップ劇場入門』の刊行を勝手にお祝いする企画。清水くるみさんと宇佐美なつさんから寄稿をいただきました。最初は書評のような感じでとお願いしていましたがお二人から届いたのはご自身の経験をふまえたエッセイで、むしろこれでよかった!といまは思います。菜央こりんさんの作品とともに、ご自身の劇場での経験を思い出しながら、またイルミナ創刊号全体に響くものとして、読んでいただけたらうれしいです。

清水くるみ「ピンクの照明が照らす未来」

 「坊主ストリッパー」の清水くるみさんはストリップ劇場への出演経験をもち、現在はイベントでのパフォーマンスを中心に活動されています。今回の寄稿に書かれているのは、清水さんが熱海の劇場に出演されていたときに菜央こりんさんの作品と出会ったことです。
 私は熱海へは最近行ったばかりですが、そこで一番強く思ったのは、この劇場で演者は本当に一人だなということ。新人でもかなりの時間一人で舞台に立つ芸能は他にそうそうないこともあり、ストリップを見て「一人だ」と感じることはしばしばあるのですが、熱海ではとくにそれを強く感じました。
 この清水さんの文章を読み、あの場所でお客さんを楽しませストリップを少しでも知ってもらうべく闘っていらっしゃったのだと、胸が熱くなりました。この文章は、自ら発信もしつづける表現者である清水さんから菜央こりんさんに向けた、温かいエールだと思います。

宇佐美なつ「視線の中で生きる私たち」

 宇佐美なつさんは、お客さん出身で昨年踊り子デビューされた現役の踊り子さんです。あくまで私の個人的な感想ですが、宇佐美さんのこの文章は、なぜ『女の子のためのストリップ劇場入門』が描かれる必要があったのかを、作者の菜央こりんさん自身の動機とは別に説明するものだと思います。
 この文章に書かれている「”見る”という暴力」に私も日常生活で多々覚えがあり、だからこそストリップ劇場という場で、そこがまさに女性の裸を見るための場であるにもかかわらず、”見る”ことが違ったかたちでありうることに、毎回新鮮に感動します。踊り子さんになったあとでも(お客さん時代の想像を超えて大変なこと、きっとあると思いますが)宇佐美さんのなかでそれが揺らいでいないことに、客でいつづけている自分も救われます。一方で、劇場にある雰囲気は最初からあるものではなく、不断に作られつづけているものだと、背筋が伸びるような気持ちにもなりました。

 --------

 『女の子のためのストリップ劇場入門』の発売当初、菜央こりんさんのTwitterに掲載された試し読みが炎上したことがありました。今回本作品を取り上げ、お二人に寄稿をお願いした際にはそのことも念頭にありました。

 炎上のなかでは無理解や偏見に基づく言葉も多く見受けられましたが、ひとつ気にしたい言葉として、「ストリップは女性搾取である」というものがありました。
 この言葉について、「ある/ない」どちらと言い切れるようなものではないと私は思います。私たち一人一人の心持ちでどうにかなるものではなく、この社会にある、たとえば根深い女性差別、性表現や性風俗業そして芸能をめぐる問題、ストリップという文化が歩んできた歴史と現在のあり方、すべてに関係のある重層的なものだからです。
 またこれらの問題の多くは、ストリップというジャンル(もしくは裸になること)に特有のものではなく、濃淡はあれ私たちの社会がさまざまな場面で共有しているものです。
(『イルミナ』ではこれらを少しずつ解きほぐしていきたいと思っていますが、まだまだ途上です。また、いま現場に搾取があるのならそれは具体的に解決されていくべきだと思います。)

 当時『女の子のためのストリップ劇場入門』やストリップを批判していた人たちに直接届けることはもう叶わないでしょうが、ストリップを愛する、あるいは少しでも関心をもっている方に、清水さんと宇佐美さんお二人の文章をぜひ読んでいただきたいです。きっとなにか考える手がかりになるのではないかと思います。

 

 ちなみに私自身の『女の子のためのストリップ劇場入門』感想文は↓です。

usagisannn.hateblo.jp

 二つの寄稿に加え、創刊号には編集部あいださんによる「菜央こりん同人誌レビュー」も掲載しています。いまは手に入らない本もあるので持っている方はにまにましてください。劇場ごとに異なるストリップの魅力を発表しつづけてきた菜央こりんさんに改めてエールを!

 

インタビュー メイキング・オブ・ノーナレ「裸に泣く」

 巻頭特集(?)のふたつめは、2018年10月にNHK総合で放送されたドキュメンタリー番組「ノーナレ 裸に泣く」のディレクターさんへのインタビュー。ずっとやりたかった企画です。

 まだ番組を見ていない方はどうぞ(110円!)↓

www.nhk-ondemand.jp


 ストリップがメディアに登場することに対して、お客さんたちからはしばしば、期待と同時にある種の警戒の声も聞かれます。それは、ストリップに対する偏見に基づいたものがつくられ世に出ることでさらに偏見が強まってしまうことへの危惧なのかなと思います。(実際、ストリップを描いた作品等にはそういうものも少なくないし、私も自分のつくるものがどう受け取られるかドキドキしています。)
 この「裸に泣く」はありがちな偏見や固定観念から離れてストリップに向き合い、一方で番組としての伝えたいことや作り手の意図もしっかり見える、絶妙なバランスのドキュメンタリーに仕上がっていたと感じます。

 思えばテレビと同人誌はほとんど対極にあるようなメディアです。同人誌は一人でもつくれるし何をどれだけ書いてもいいし、5冊しか出さなくてもいい。テレビは関わる人数が多く、尺やスケジュールの制約もはるかに多く、でもその分影響力は絶大です。
 今回お話をうかがい、ディレクターさんの視野とリサーチはもちろん、撮影&編集にかかわるチームのみなさんがそれぞれの角度からストリップの魅力を感じ、それをかたちにしようと取り組んでくださったことがとくに印象的でした。
 たくさんの取材のなかから実際に番組に使われるシーンはほんの一握りで、このインタビューでは「泣く泣くカットしたシーン」もいくつか語られています。ひょっとしたらそれを読むと少し番組の印象が変わるかもしれません(いい意味で!)。いいエピソードばかりで惜しくもなりますが、そういうものを削ぎ落としていくのがテレビ番組制作で、また直接は見えない蓄積があってこそ番組が成り立つのだろうとも思います。

 こういう方がストリップに出会って魅力を感じてくれて、さらに番組をつくってくれたことを、改めてうれしく感じられるインタビューでした。

------

続きはこちら↓

usagisannn.hateblo.jp

usagisannn.hateblo.jp


身体を観、心に触れる

人間の体は、人間の魂の最良の像である
ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン『哲学探求』)


 2018年秋、私がストリップに通うきっかけとなった踊り子・かんなさんが突然引退してしまった。2016年に華やかな引退公演を浅草ロック座で行い、それから約1年後に復帰した人だった。一度引退して復帰した踊り子に二度目の引退公演はないのだという。その日が最後だということは楽日当日に彼女のブログでほのめかされていたけれど、私は行くことができなかった。

 私が彼女を初めて知ったとき、もう一度目の引退の日は決まっていた。何もわからないまま、これを見逃してはいけないと思って浅草に行った。一度行けば十分だろうと思っていたのが、気づけば何日も通い、楽日の最後まで劇場にいた。ステージは十数分間しかないのに、客席は広いのに、行くたびに彼女が私を見つけてくれているような気がした。そのときのことが忘れられず、彼女の引退後も劇場に通うようになった。

 復帰週にはどきどきしながら横浜ロック座へ足を運んだ。その間にたくさんの踊り子さんを知ってたくさんのステージを観たから、あのときの新鮮な気持ちは消え去ってしまっているのではないかと少し不安だった。でも、全然そんなことなかった。彼女は記憶よりもずっと鮮やかでパワフルで、こんなにすてきな人を最初に好きになれたことがうれしかった。

 演目が終わって場内に明かりがついた。初めての会話、何を言おうか思い巡らせながらポラ列に並んだ。私の顔を見て彼女は、
 「はじめまして……じゃないですよね。浅草、来てくれてましたよね?」
 いつも見つけてくれると思ったのは気のせいじゃなかった。

 復帰後は彼女を追って関東の劇場はもちろん、大阪、小倉と広島へも行った。広島の常連さんが初来演の彼女のステージを観て「かんなさん、すごいねえ」と言ってくれたときには私まで誇らしい気持ちになった。二度目の引退まで、思えば幸せな1年半だった。

 2018年11月、彼女が引退してしまったのと同じ川崎ロック座に、翌日からMIKAさんは出演していた。週の後半になっても私はまだ心の整理ができず、あの楽日にここに来られたらよかったのにと思いながら場内に入り、MIKAさんのステージをぼんやりと観ていた。
 それは、もう二度と会えない人のことを思うような演目だった。会いたい、会えない、会いたい……。それでも踊っているMIKAさんの表情はやさしかった。観ているうち、自分の持て余していた感情ごと全身で包み込まれ、悲しいときは悲しんでもいいのだと言われたような気がして、涙がぼろぼろ出てきた。泣きながら、今日ここに来てよかったと思った。

 MIKAさんはインタビューの中で、「観ている人の気持ちに寄り添うことができれば」と、新井さんは彼女のステージが「語りかけ、なぐさめてくれる」ようだったと語ってくれた。

 私自身も含め、劇場に来ている人たちにもいろいろな生活がある。人に言えない願望や妄想をあたためているときもあれば、悲しいとも寂しいとも言えないもやもやを抱えているときもあるだろう。どのような気持ちにも、ストリップのステージは寄り添い、かたちを与えてくれる。ときには魅惑的に、力強く、ときにはあっけらかんと、ときにはそっと触れるように。そんなことがどうしてできるのだろうか。

 舞台の上で踊り子は裸になる。MIKAさんが言うように「身体を見せることと心を見せることはちょっとイコールなのかな」。客席にいる私たちはその身体を観て、心に触れる。それによっていままで直視できなかった自分の心にも向き合い、それを素直に受け入れられるようになるのかもしれない。

 舞台では隠されているものは何もない。観る者も、何も隠すことはない。

 

※MIKAさんという踊り子さんとそのリボンさんにインタビューをさせていただいた、菜央こりんさんとうさぎいぬの合同誌『私たちのアツいストリップ活動! 踊り子とリボン編』(2019年2月発行)に載せた文章です。

shiroibara.booth.pm

 

発見が私を変えていく―菜央こりん『女の子のためのストリップ劇場入門』

 『イブニング』で連載されていた菜央こりんさんの連載が単行本になった。

女の子のためのストリップ劇場入門 (イブニングKC)

女の子のためのストリップ劇場入門 (イブニングKC)

 

  連載も細切れには読んでいたが、単行本としてまとめて読むと、これはストリップの世界を知ることで変化していく私の物語だと思った。

***

 ストリップ劇場の客は「スト客」と呼ばれる。
 このエッセイコミックは、「ごくごく平凡な会社員」がスト客になっていく物語である。

 作者がストリップ劇場に初めて行ったのは友人から話を聞いて、そして好奇心からだったようだ。
 初めの数話は、劇場に行く前の「女の人の身体が見れる場所」への妄想やぼったくられるのではないかという偏見に始まり、舞台上の踊り子が脱ぐことへの期待と脱いだときの感慨、写真撮影タイムなどこんなシステムが!?という驚きが描かれる。
 (私も最初に劇場に行ったのはやはり好奇心からだったし、通ううちすっかり日常になった出来事も、たしかに最初はひとつひとつが衝撃だった。)

 話が進むにつれ作者はさらにストリップ劇場に通い、さまざまな劇場にいるさまざまな人に出会って、ひとつずつ驚き、発見していく。
 たとえばストリップ劇場に女性だけで入場しても変な目では見られないこと。劇場によって身体の見え方が違うこと。踊り子はもちろん劇場スタッフや演出など多くの人の熱意がストリップの舞台を支えていること。

 発見のなかには、作者自身のこれまでの考えを変えてしまうようなものもある。

 裸になることが恥ずかしいこと/エロいことは恥ずかしいこと/そんな概念が吹き飛ぶ

 「入門」とタイトルにあるとおり、各エピソードは劇場へ行ったことがない人にも伝わるよう配慮されていて、(スト客同士の会話ではよくある)特定の踊り子や演目についての細かい話題はない。
 それでもこの作品がストリップに魅了された人にしか描けないものと感じられるのは、スト客であればきっと見たことのある、劇場での美しい瞬間がたくさん散りばめられているからだ。
 特有の衣装やポーズ、横からだけでなく下からも上からも見える踊り子の身体と表情、ステージを彩る照明やリボン、穏やかで楽しそうなお客さんたちの姿、そして「推し」との出会い。漫画だからこそできる表現で、現在の、生きたストリップに光を当てている。

 長年ストリップを撮影してきた写真家の谷口雅彦さんとの会話がとくに印象的だった(吹き出しの背景になっている絵もぜひ見てください)。

「こんなに/人の身体をジッと眺めて/いろいろなことに想いを馳せることってないな と思います」
接触するでもなく/女の”からだ”と/対峙するところって/他にないと思うよ」

  ストリップを好きな人とストリップについて語るとき、好きな理由はそれぞれ違っていても、いつもこの「大切な場所」「他にない場所」という気持ちを共有できる気がする。

私たちのアツいストリップ活動! C96番外編 11日間皆勤記

*ストリップの興行は基本的に10日間の刻みで行われる。
(各月1~10日、11~20日、21~30または31日)この刻みを「週」と呼ぶ。
*一つの「週」のあいだ毎日劇場に行くことを「皆勤」と呼ぶ。

   同人誌『私たちのアツいストリップ活動! 踊り子とリボン編』のインタビューをしたのは昨年の11月だった。そこから約半年ぶりにMIKAさんがストリップ劇場に出演する。
 MIKAさんは今年の5月で踊り子9周年を迎えた。ストリップをきっかけにエアリアルに出会い、現在はインストラクターを務め大会にも出場しているMIKAさんは、インタビューで、ストリップ劇場は「他にない、特別な場所」だと、そして「他の場所も知ったからこそ、一週にかける思いが強くなった」と語ってくれた。この11日間、彼女はどんなステージを見せ、どんな景色を見るのだろうか。この機会に初めての皆勤をしようと決めた。

 初日、有給を取って正午の開演前から横浜ロック座にいた。トリをつとめるMIKAさんの1回目の演目は、これまで別の劇場でも出していた「華ひらり」だった。舞台に登場した瞬間から、久しぶりに劇場で踊る高揚感と喜びが伝わってくるようだった。
 周年作としてこの週の2回目と4回目に出していたのが「未来」という演目だった。水色のロングドレスで登場する1曲目、衣装を替えてアップテンポで踊る2曲目。やがて天井から降りてくるリングをMIKAさんはやさしく手に取り、そこに乗る――この演目を11日間観ることになった。

f:id:usagisan_u:20201120232131p:plain

 MIKAさんは新作を出すとき、スタジオ練習のあと劇場に前乗りして練習しているという。そのためか初日から新作の完成度は高かった。何度も観るうちに演目のつながりや曲、振りを覚えてきて、それでも、というよりそれだからこそ細部が際立ち、毎回新鮮に感動した。魔法のように見える空中技が魔法でないことは、徐々に増えていく足のあざが物語っていた。
 ステージは生ものでアクシデントも含めて面白いというけれど、技術的なことのわからない私から見ればMIKAさんのステージは毎回完璧で、観る私の気持ちのぶれの方がずっと大きかったように思う。ただ、ある日、特別に感動した回があった。それを伝えるとMIKAさんは「実はいまが今週で一番よくできたの! お客さんたちがすごく温かく観てくれてたから」と話してくれた。

 横浜ロック座の通常料金は5000円。早朝や最終回、学生やシルバーなどの割引料金がある。私は女性割引を使えて3000円で、11日間入場すると3万3000円、ここにポラロイド撮影代やチップが加わる。皆勤しても安いとは言えないがたまになら無理ではない金額で、むしろ毎日劇場に足を運ぶことのほうが大変だろう(同人誌でインタビューさせてもらったお客さん・新井さん(仮)は「皆勤は諸刃の剣」と言っていた)。
 毎日通えばほかの踊り子さんのステージも必然的に毎日観ることになり、親近感が湧いてくる。MIKAさんとの共演をとても喜んでいた秋月穂乃果さんは私の大好きな演目(魔女の宅○便がモチーフ)を出していた。ラベンダー色の衣装が似合う香坂ゆかりさんは来月の広島で引退されるそうで、私が観たのはこの週が最後になってしまった。早瀬ありすさんのセーラー戦士の演目はステップがかわいくて毎回楽しみにしていた。スタイル抜群の豊田愛菜さんが少し早い夏の演目を出し始めて一気に好きになってしまい、ポラロイド写真を撮りに行くと「ビーチバレー上手ですね」とコメントしてくれて照れくさかった。演目の中に客席とビーチバレーをするパートがあったのだ。
 そしていままで気づかなかったお客さんたちの姿も見えてくる。40席ほど、ほぼ最前列と2列目しかない小さな劇場に、あるときは十数人がちらほらと、あるときは立ち見までぎっしりお客さんが入っていた。ここに来た理由や背景はそれぞれで、毎日のように見かけるお客さんもいれば、この週を目掛けて遠征してきた人もいる。遠くから来て明日は違う劇場に行くのだと話してくれた人もいる。一度来てよかったからと同じ週の間にもう一度来た人、SNSで噂を聞いて来た人、「同人誌を作った人ですか」と本の感想を私に伝えてくれた人もいる。新井さん(仮)はガチガチに緊張しながらリボンを投げていた。私と同じく皆勤していたお客さんはもう一人いて、楽日の最終回には二人でMIKAさんから「皆勤賞」をもらった。手書きの賞状には「あなたは毎日MIKAを笑顔にしました」と書かれていた。
 普段、どの劇場へ行っても、常連さんはよく席を譲ってくれる。ありがたく座らせてもらいながら、自分もいい席で見たくないのだろうかと不思議に思っていた。毎日劇場に行ってみてわかったような気がする。自分の好きな人、自分の好きなこの世界を、自分だけでなく他の人にも観てほしい。このよさを自分以外の人にも知ってほしい。そしてもしその人がその演目を観ることが一度しかないなら、あるいはその人が劇場に来ることが一度しかないなら、その一度の体験がよりよいものであってほしい。盆回りに座るお客さんの、鼻がツーンとしているであろう表情、眼鏡を外して目をぬぐう姿が見えたとき、言葉を交わさずとも共感できるような気がした。そういうときはたいてい私もぼろぼろ泣いていた。
 11日間は短いようで長い。劇場の外では不安なことや悲しいこともあった。7日目の朝に足を捻挫し、一日増すばかりの痛みに翌朝病院に行って足首を固定してもらった。もう今日はいいかと一瞬頭をよぎったが、8日目も劇場へ行った。楽日の翌朝には出張で仙台にいる必要があり、楽日の途中で移動して宿泊するつもりだったのが、どうしても最後までいたくなってホテルはキャンセルし翌日始発の新幹線に乗ることにした。……ということは何も言わなかったけれど、MIKAさんはいつも穏やかに迎えてくれ、「無理しないでね」と気遣ってくれた。

 「未来」のラスト、いったん地上に降りたMIKAさんはゆっくりと場内を見渡し、もう一度空中に舞い上がって、高速で回転する。リングから愛が降りそそぐようだった。その愛は、これまで傷ついたことのあるすべての人に、そしていま傷ついているすべての人に、やわらかく届けられる。誰かに伝えられなかった思いのある人に、もう会えない大切な人がいる人に、誰にも愛されたことがないと感じる人に。この場に来る日を心待ちにしていた人にも、たまたまここに居合わせた人にも、そして、ここにいない人にさえも。
 どうしてこんなに毎日、毎回、枯れることなく愛が湧き出てくるのだろうか。どうしてこの人はこんなにまっすぐ気持ちを手渡してくれるのだろうか。MIKAさんに訊けばきっと「みなさんが観ていてくれるから」と答えるだろう。観る人に届くと信じているからこそ、ためらいなく気持ちを手渡せるのだろうか。そうだとしたら、観ている私たちはただ愛をもらっているだけではない。きっとそれを受け取ってくれるはずだと信頼されてもいる。

 11日間、44回。いつ行っても観ることができ、一度も同じステージはない。この美しい芸能を愛しこの小さな劇場に居合わせた人たちと共有できた空気を忘れないだろう。MIKAさんの願いを受けて私も願いたい。傷ついた人がもう一度歩き出せるように。誰かが迷っているときにはそっと背中を押せるように。


宣伝

このテキストは同人誌『私たちのアツいストリップ活動! 踊り子とリボン編』の後日談です。
踊り子MIKAさんとお客さん(リボンさんに)それぞれインタビューした本。漫画は『女の子のためのストリップ劇場入門』の菜央こりんさんです!
booth.pm

夢は既にかなっている

 ストリップ劇場では、それぞれの踊り子が作り出す夢の世界に、私たち観客もあずかることができる。
 ストリップのステージは、これまで繰り返し描かれてきた「理想の女性」を単になぞるものでも、あるいは単に観客の求めるものを見せるものでもない。観客の期待(それ自体一枚岩ではないだろう)は決して否定されないが、何を見せるかの主導権はあくまで踊り子にある。彼女たちは、これまで女性に結びつけられてきたさまざまな要素を拾い上げ、使い、それらと遊びながら、きらきら光る夢を作り出している。
 ステージの上で服を脱いでいる踊り子と、客席で服を着ている観客。ほかの芸能では考えられないほど近い距離にありながら、両者は深く断絶されている。そして、断絶されていながら、両者の間には濃密な交感がある。
 ステージの上、照明にいろどられ、踊り子はたった一人で服を脱ぐ。彼女の表現するもの、そしてその先にある彼女の表現したいものを受け入れる準備が観客にはできている。その場に成り立つ、見せる者と見る者の奇跡的なバランスは、一方でとても崩れやすいものでもある。たとえば踊り子に手を触れる客、心無い声をかける客がいれば、とたんに彼女は無防備な、裸の女性になってしまうだろう。そのことを皆、肌で感じているからこそ、劇場の中にはいつも温かな敬意が満ちているのかもしれない。
 踊り子のようになりたいのかとときどき訊かれる。現実的に近づきたい、なりたいというより、もっと非日常的な変身願望なのだと答えたい。スポーツでいえば、短距離走フィギュアスケートを観るときに近い。アニメの変身シーンにも近いかもしれない。舞台に立つ踊り子の表現、そして彼女たち自身の身体を通して、私たちの夢もかなっている。

 

*2018年夏コミで発行したコピー本に入れた文章です。

f:id:usagisan_u:20201121014638p:plain

ストリップ研究会『ストリップ芸大全』

 ストリップについて調べ物をしてみようと思い、とりあえずAmazonで「ストリップ」と検索して出てくる本いくつかを買った。その一冊。 

ストリップ芸大全

ストリップ芸大全

 

  『ストリップ芸大全』(ストリップ史研究会)。タイトルどおり、メインの内容はストリップの「芸」の紹介。

・第一章 驚愕の花電車
・第二章 ストリップの秘技秘芸
・第三章 客参加の出し物
・第四章 ペア&グループショー

 という4つの章に分かれ、数々の芸が紹介される。花電車の項目にはそれぞれイラストと解説に加えて「難易度・希少価値・現存の有無」、第二章の項目には写真と解説に「発祥年度・現存の有無」が書かれている。

 花電車はすでに「”無形文化財級”の希少価値」とされている。私自身は、万国旗やりんごなど某踊り子さんの演目で一部見たこともあるが、ほぼ知らない世界。ニュートラルでかわいいイラストが添えられているのもあって牧歌的な雰囲気を感じる。

 この本に挙げられているさまざまな「芸」、そして付録の「ストリップ年表」からは、ストリップ劇場が手を変え品を変え興行を打って客を掴もうとしてきたことがよくわかる。戦後から現代へというスパンで見れば、他の風俗業との競争の中で、ストリップの世界も変化し過激化し、この本に挙げられているようなさまざまな出し物が生まれてきた。しかしその後はアイドル化・ソフト化していって、もっぱらショーの要素が強い現代に至る。巻末の年表によれば1980年代がその分岐点で、「アイドル路線とマナ板路線の二極分化がはじまる」とされている。
 現在多くの劇場でメインの出し物となっている「ソロベットショー」は昭和31年頃発祥。当時は1番がソロベット、2番が入れポン、3番が天板…とだんだん過激になっていく香盤が主流だったそう。この本では「ソロベット」が「ストリップの基本形」とされていて、手拍子や拍手、リボンやタンバリンのことも書かれており、現在に近いかたちなのかなと思う。ちなみに現在の10日刻みの興行になったのは昭和44年のことで、それまでは15日だったそう。

 また現在のストリップのもうひとつの柱ポラロイドショーは昭和56年発祥。当初は無料で人数制限があったが、大盛況だったため有料で全員に撮らせるようになり、あっという間に他の劇場へも広まったとのこと。「裸の写真」の価値がかなり薄れた今日では写真そのものが欲しいというよりポラの大きな意味はコミュニケーションの時間、もっといえば人気のバロメーターや劇場へのお布施、と思われるけれど、このときは写真そのものが貴重だったのだなあ。しかも撮れるのはストッキング越しという……。

 奥付の日付は2003年12月25日。この頃のストリップ劇場は「90館を切るまでに減少している」という。そこから現在まで15年でさらに相当減ってしまった。また、2003年時点では(かろうじて?)存在し、いまではおそらくなくなっているのは、マナ板ショーや個室を中心とする踊り子と客の接触(いまでもあるのはタッチ、天板?)、外国人「出稼ぎ」ダンサー、男女ペアでのステージだろうか。私はいま劇場に通っていて、かなりシステマチックなルールや暗黙の了解を感じ、ステージの上は男性禁制くらいに感じていたけれど、ずっとそういうわけではなく、わりと短い時間で大きく変化してきたようだ。劇場で他のお客さんの話を聞くと20年、30年通っているという方もざらにいるので、そういう変化を見てきた方の話を聞いてみたい。
(追記:数年前まで外国人ダンサーや個室が存在していたという劇場の話を聞いた。地域差、劇場ごとの差も大きいと思われる。)

 巻末の付録は年表のほかにも「業界用語一口メモ」「劇場の基礎知識」「人気ストリップ劇場の夢の跡」と充実している。著者になっている「ストリップ研究会」はどんな研究会なのか謎、監修者の石橋ワタル氏も謎。でもとりあえず、参考文献を付けてくれているのはありがたい。