5月のこと(灘ジュンポラ館ラスト)

 GW最終日、満席で立ち見の客が取り囲む川崎ロック座。
 13年間この世界のトップに立ちつづけたある踊り子が、引退前、最後にこの劇場に乗る10日間。その最後の休日、しかも今日は彼女のための特別なイベントも用意されている。

 トリを飾る今回のメインスター。
 紺色の豪華なドレスから、スパンコールのきらめく真っ白な着物へと着替えて踊ったあと、衣装を脱ぎ、レース1枚だけをまとって「盆」と呼ばれる手前の円形のステージへ出てくる。これがベッドショーの始まり。ミラーボールの下、照明で赤や青に照らされ、白いレース1枚だけで、13年間の月日を刻み込んだ身体が横たわっている。ゆるやかに動き、ポーズを決めながら、彼女はいつも穏やかに、力強く見つめている。この空間を、そして私たちを。
 彼女が登場した瞬間、立ち見で壁沿いに並ぶお客さんの一人が目を押さえていた。ベッドショーの間にふと見えた正面最前列のお客さんは、祈るようにあごの前で指を組み、その手は少し震えていた。顔は少し下を向いていて、表情は見えない。
 物理的には手を伸ばせば触れられる距離で、決して触れることのできない踊り子が舞っている。彼らはどれだけの時間、どれだけの回数、彼女を観てきたのだろう。そして引退を間近にした彼女を目の前に、何を思っているのだろう。

 ステージが終わり、ポラロイド撮影の時間。場内には何度も折り返すほどの長い列ができ、床には急ごしらえで貼られた、列を示すビニールテープの矢印がある。お客さん一人ひとりが、カメラを手にして写真を撮り、それが出てくるまでの短い時間、彼女に話しかけている。そのひとつひとつに彼女は穏やかに丁寧に答えている。
 順番がきた。「写真を撮るのは初めてですが、何回も観てきました。すごくきれいな人だなとずっと思っていました」。私にとっては最初で最後の彼女のポラ撮影。ポーズはおまかせでと伝え、写真を撮った。
 出てきた写真と同時にもらったパンフレットはおそらく彼女のファンの誰かが作成したもので、彼女が13年間で出演した劇場と、そこで上演した演目の一覧になっていた。彼女がこの世界で過ごしてきた時間を物語るものだ。

 一人の踊り子と客の間にもさまざまな時間と出来事があり、それと同じように、もしかしたらもっと深く、踊り子と踊り子の間にもドラマがある。
 多くのストリップ劇場では10日間、4人から7人の踊り子が決まった順で出演する。楽屋も数人で使うことが多いらしい。同じ劇場に出演することになった踊り子たちは10日間毎日顔を合わせるのに、次に同じメンバーが集まる機会はほとんどない。
 彼女の引退作を見届けようと、何人もの踊り子が私服で劇場へ来ていた。そしてこの週(ストリップの世界では、10日間の区切りのことを「週」と呼ぶ)にこの劇場に出演する踊り子たちは、彼女と同じ舞台に立つことへの喜びや意気込みをそれぞれに語っていた。

 1日4回の公演のうち、今日の偶数回は「スペシャルショー」だという。いったい何が起きるのだろう……紺色のドレス。白い着物。ここまではさっきと同じだ。
 一旦舞台袖へはけてから、レースをまとって出てきたのはふたりの女性。ひとりはもちろん引退するメインスター。そしてもうひとりは彼女の前に踊っていた踊り子だった。
 ふたりは盆の上でそっと互いの肩に触れ、頬に触れる。顔を寄せて耳元になにかをささやく。見つめあう。まとったレースを脱がせあう。これをレズビアンショーと呼ぶ人もいるかもしれない。けれど彼女たちがここで見せているのは、同じ時間を過ごしてきたふたりの、ふたりだけの親密さ。さらに原初的といってもいいような、人間の体温のあたたかさ、人の肌に触れることの幸せや気持ちよさだった。
 ステージは続き、この週同じ劇場に出演するすべての踊り子たちと、すでに引退した一人の踊り子が登場し、大団円を迎える。彼女は「引退のときには駆けつける」という現役時代の約束を果たしにきたという。舞台の上も客席も、今週のメインスターを愛をこめて送り出したいという一体感に包まれていた。

 ストリップ劇場はほぼ毎日営業している。予約もいらず、気が向けばいつでも見に行くことができる。行けばいつでもそれなりに楽しいけれど、この日のように特別な瞬間はそうそうない。ファンたちは、いつか出会ったこのような瞬間が忘れられず、このような瞬間にまた出会いたくて、今日も劇場に足を運ぶのかもしれない。

 

*2020年11月追記:ジュンさんとチームショーをしていたのは友坂麗さんです。